人の「魅力」とは何もかも捨てた自然体の状態に表れる

魅力ある人

力ってなんなんでしょうか。

すごいなと思ってもあまり魅力的でない人もいれば、

大したことしていないのに、何だか魅力的だな、っていう人もいます。

僕の中で「魅力」とは、自然体の状態だと思っています。

自然体とは、自分を繕うことなく、ありのままの自分を出していて、肩書きや称号を無視した領域です。

自然体になることは、自分に素直に生きるということになるし、自分の内なる言葉に耳を傾けることとも言えます。



例えば、自分が話すのが大好きだったとしましょう。

5人くらいのメンバーの中にあなたがいるわけです。

しかし、あなたは自分を抑えて聞き手に回ろうとします。

それは、円滑に場を進めたいと思ったのかもしれないし、自分は集団の前では欲求を殺さないといけないという思いがあったのかもしれません。

そこに自己主張のすごい友人がいます。

あなたはどう感じるでしょうか?

きっと、多くの人は

「なんだ、こいつは、俺は我慢しているのに好き勝手しやがって、、、」

と感じるのではないでしょうか。

でも、そのまま続けていても何も変わりません。

それどころか、ますます相手はエスカレートしていくでしょう。

じゃあ誰が悪いのか。その自己主張の激しい友人が悪いのでしょうか。

いいえ、それはあなたが引き起こした結果なんです。

あなたが自分を押し殺したが故に、友人がどんどんエスカレートしていったんです。

あなたが自然体を放り出したために、相手は「こいつは話を聞いてくれるやつなんだ。」と感じてますます自己主張が激しくなる。



バイトでも同じ。

店長にシフトをめちゃくちゃ入れられる。「こんなに働いているのにちょっとくらい休ませてくれよ」、そう思っているかもしれません。

しかし、それを引き寄せたのは他でもないあなた。

断る、ことをしないから店長に、「こいつはすんなり働いてくれるんだ」と考えてシフトを入れまくるわけです。

多くの人はここで、店長に文句を言うでしょう。

でも、先ほども言ったように、それは自分が原因となって現れた結果なんです。



自然体を放り出すと、自分に都合の悪いことが降りかかってきます。

本当は楽になれるのに、本当はいい環境にできるのに、「自然体」をなくすことで自分を苦しめてしまう。

もっとありのままの自分でいいじゃないですか。

嫌なら嫌と言ったらいいし、断り方ったら断ったらいい。

それで崩れる関係なんてそんなの大したことありません。

自然体でいることは、魅力的につながるし、そうすることで周りとの関係も変わっていく。



ここで勘違いして欲しくないのは、「自然体」と「わがまま」は違うということ。

自然体で生きるのと、自分勝手に生きるのとは違います。

ではその違いとは何なのか、



という問いはまた今度にしたいと思います。

とりあえず、話を戻すと「魅力」ある人は肩書きも何もかも捨てた状態でもこの人が素敵だ、と思えることだということです。

自然体である状態。

何を繕うでもなく、ありのままの自分で居られること。

その姿に「魅力」は宿るのではないでしょうか。



魅力ある人

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