先生、親の一言がやる気を奪う〜減点方式の罠〜

点方式。



これの良さってあるんでしょうか?



ぼくは実際に教育現場をみる機会があるので
生徒や先生の態度、反応などをみることが他の人よりもあるのですが、


そのなかで実際に見た現状を少し話をして、そこから
説明を加えていきたいと思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

生徒が先生におもてなしをしよう、ということで
料理をふるって配膳も片付けも生徒が全てやる、という機会がありました。


そのなかでその生徒を手伝う先生が何人かいたんですが、
その先生と生徒との会話をまとめています。







先生:「おい、あの先生食べ終わってるで、皿洗わんと」

生徒:「うん、」



そうやってしばらく洗っていたんですが、
途中で

先生:「なんでそんな泡つけてんねん、いらんやろ
    が。しかもそんな洗い方すんなよ、もっと
    ちゃんとやれや。」



と、口だけで指示する先生。

また、生徒が食べているときには


先生:「おい、肘をテーブルにつけんなや。」

   「おいおい、食べ物こぼしてるやないか、汚
    いな〜なんでそんなことになんねん、さっ
    さと食べろや!」
   
   「はしの持ちかた悪いなー、なにしてんね
    ん、ほんま。」

   「おまえら、うっさいねん。だまって食べろ
    よ!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





さて、この状況って普通なんでしょうか?


ぼくからしたら異常過ぎてやばい、と感じています。






先生たちは終始生徒の悪いところばっかりを指摘していました。

はしの持ちかたがどうだとか、肘がどうだとか
せっかく皿を洗っているのにそれに対して文句だけ
をいって結局教えもしない状況だったりとか、、、



これでも先生なのかなと正直思いました。






この状況を二つの視点から見ていきます。


1、減点方式からの怯え

2、ティーチングのなさ







1、減点方式からの怯え



生徒は減点されることがあっても加点されることはありませんでした。

悪い部分ばかり、先生は見ていたわけです。
そうすると生徒の行動はどう変化していくか。





行動しなくなるんです。



減点されないために。






実際にすすんで皿を洗っていたのにも関わらず、先
生がなんども指摘ばかりを繰り返すので生徒たちは
だんだんと皿洗いをしなくなっていきました。


そしてしなくなると先生はまた怒ります。

「さっさと皿あらえよ!」と。





これは車の免許とよく似ています。

車は無事故だとカードの色がだんだんと変わっていきますよね。
最終的にはゴールドになるわけですが、


あれは運転をしなくてもゴールドは取れるようになっています。
なんせ無事故であればいいんですからね。


つまりゴールド免許をとりたかったらひたすら運転
しなければいいわけです。つまりなにもしなかった
らいい。








生徒たちの中でも同じことが起こります。
皿洗いをして何か言われる。

言われたくないから、皿あらいをしなくなる(=挑戦しなくなる)



これでは先生が生徒のやる気を奪っていることのなります。
そして先生がやる気を奪っているのにも関わらず、皿をあらっていない生徒を怒る。

まさに悪循環。








じゃあ、どうしたらよかったんでしょうか?


まずは感謝することじゃないですか?
あるいは認めてあげること。


「お、皿洗い上手にしてるやん、ありがとう」
「みんな食べてるのに皿洗ってくれてうれしいわ」


こんな一言がどうして出ないのでしょうか?





まずは、やっていることに関して素直に感謝する、認めてあげる

そこからスタートです。




そして、そこから指導をしていきます。


「皿あらい上手にしてるやん、ありがとう。でもちょっと泡使いすぎかもしれへんな。こんだけしかないからそこは気をつけよっか。」


ここを決して

「おい、泡使いすぎやねん、なにしとるんや、考えたらわかるやろ」



こんな言葉かけをしているうちは生徒は育ちません。

または、実際にみせてあげたらいい



実際に泡の分量がどんだけかを披露して
一緒にやっていく。できるようになってきたらそっと離れる。







「そんなん多すぎんねん!!」


っていわれてもどれが適量なのか相手はわかりません。
口だけでいっても伝わらないんですよね。


これって当たり前のことです。
当たり前のことですが、なんでそれをここでいっているのか。



それはその当たり前のことができていないからです。
この先生に限ったことではありません。
こんな親も世の中にたくさんいます。


実際に見てきていますから。








2、ティーチングのなさ





もうさっきいってしまいましたが
先生は口でいっただけでなにも教えてはいませんでした。


また、悪い部分を指摘しているだけでどうやったらいいのか
どうしたらうまくいくのか、


その部分のアプローチがまったくありませんでした。








泡使いすぎやねん!

肘テーブルにつけんなや、はしも使い方悪い!

皿ちゃんと洗えよ







だからなに?

ってなるのはぼくだけでしょうか。







泡使いすぎやねん⇨いまあるのはこんだけの皿やから泡はこんくらいでいいよ(と実際にみせてあげる)


肘テーブルにつけんなや


⇨なぜひじが付いてしまうのか、それを説明してどれが正しい食べ方なのか教える。
(ひじがつく、ってことは皿を持たずに食べているってことですよね。逆に言えば、皿をもたせて食べたらひじはつかない)


皿ちゃんと洗えよ

⇨どうやったら効率よく皿があらえるのか、どうやって洗うのかそれを示したり、生徒自身に考えさす。(コーチング)








単に教えるだけではなくて、生徒にも実際に考えさせてあげる機会を設ける

そうじゃないと生徒がこれから自分で考える能力を育てることができません。
いつも隣に先生がいないといけないことになります。


「どうやったらもっと早く洗えるかな」
「どうやって友達と役割分担したらいいんかな」



こんな声かけ、質問を投げかけられるかどうか





すぐに答えをいうのでもなく、コーチングをもっと活用していく。

あるいはファシリテイトしていく。






どんな場面だって学びはあります。

それを学べるような環境をつくっていくのが先生であり、親じゃないんじゃないでしょうか。




コーチング、ファシリテイティングがなにかわからないなら
こちらを参考に。

指導者に必要な五つの要素〜教えるスキル〜

■教育メルマガ
自身の経験を元にした教育メルマガを発行中。
 (10秒で登録できます)
教育、自己教育に関して、無料メルマガを発行しています!「マンガ ワンピース」「お笑い芸人 さんまさん」「日本の神話」「塾での経験」「少年野球での実例」「日本の偉人 吉田松陰」「人間関係の法則」「ラテン語」などいろんな題材から教育について切り込んでいます。どうぞ、立ち寄ってみてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です