人生初東京でイタリア語を学んで気づいた3つの教訓

今日は普段奈良に過ごしている僕が
数万円をはたいて東京まで
イタリア語を勉強し行きました。

いや〜、久々の遠出でした。


毎日野球部の指導をしていることもあって
ほぼほぼ出かけることなんてないのですが、
合間を縫って参加させてもらいました。

そこで気づいたこと、発見したことがあったので
新幹線に乗っている今にまとめようと思います。

私はいつもは高校の英語教師として
働いています。


じゃあ何でイタリア語を学んでんねん、
って話ですが、今回のイタリア語の講座は
単にイタリア語を学ぶのではありません。

20カ国以上の言語を操る言語学者である
溝江先生から英語に多大な影響を与えている
ラテン語の
化石と呼ばれるイタリア語を学ぶことで
英語や言語そのものについて深く学ぶ
というものです。


その講座で学んだことはもちろんのことですが、
それ以外に3つ大事なことに改めて気づきました。


1つ目は、
挑戦し続けることで、初心者の気持ちを忘れない
ということ。


教師や塾講師のような仕事でよくあるんですが、
我々指導者は色々と毎年成長していくけれど、
生徒はだいたい同じレベルでやってきます


というか、生徒のレベルはリセットされます。


入学したら卒業するわけで、
そしたらまた同じくらいのレベルの生徒が
学校に入ってきます。

指導者の教えるレベルや、知識はUPするけど
相手はリセットされてまた元どおりになる。

この状況下で起こるのは、
指導者と生徒のギャップがどんどん
広がっていく、ということです。


それを意識して置かないと、
自分の「できる」感覚や「知っている」感覚が
当たり前になってきて、

生徒の「できる」感覚と「知っている」感覚が
ズレていきます。


これくらいわかっているだろう、というものが
生徒からしたら初耳だった、ということも起こります。


今回みたいに、新しいことを学ぶことで
僕は新鮮な感情になりました。


一気にいろんなことを教えてもらって、
パンクしそうになりました。

活用の仕方もいっぱいあるし、
イタリア語の話をしてたと思ったら、
急にフランス語やスペイン語の話になるし
かと思ったら、ラテン語が登場するし、、、


そしてふと思ったんですね。
「あ、英語の苦手な生徒ってこんな気持ちなんかな」
「自分も最初は全くできんかったよな」
って。

挑戦し続けるからこそ、やったことのないことを
やってみるからこそ、最初の気持ちを忘れなくなる。


それを改めて実感できました。



2つ目は、
外の世界に飛び込むことのおもしろさ
です。

いつもと変わらない生活をしていると
刺激が無くなります。

でも、講座のような外の世界に飛び出すと
知らない世界にたくさん出会えます。


知らない人にもたくさん出会えます。


今までの自分の当たり前だと思っていた
感覚や考え方がぶっ壊されます。


僕自身、何度もそれを経験してきました。

高校生の頃からお金を払って
学びに外へ出て行ってましたが、
そういう場では参加者の本気度が違います

お金と労力を払っている分、
中途半端な人はやってきません。


今回も他業種からいろんな方が来られて
休憩中の雑談でも刺激のある、学びのある
会話になりました。

みなさんレベル高かった〜



最後の3つ目は、
言葉の深さを決める掘り下げ力
です。

これはあんまりピンと来ないかもしれませんが、
3つの中で圧倒的に大事なことだと思っています。


どういうことやねん、というと、
人の話している内容の重さや深さは
捨てた情報分宿っていく、ということです。


例えば、1を聞いて1を
誰かに伝えても、そこに重みはないですよね。


小学2年生の子供が親から
「ありがとうの言葉は大事よ」
と言われて、
「ありがとうの言葉って大事やねんで!」

と誰かに言うのと、

たくさんの経験をした70歳のおばあちゃんが
「ありがとうの言葉って大事やねんで。」

と言うのと、どっちの言葉が重いでしょうか。



たとえ、相手が経験したことを知らなくても
おばあちゃんの言葉の方が
重みを感じるはずです。


それはきっと、おばあちゃんには
「ありがとうの言葉が大事」という
情報に70年分の経験が詰まっているからです。

(もちろん、人を批判ばかりして
感謝もろくにしてこなかった
70歳のおばあちゃんが同じことをいっても
響きはしないですよ。)


それと同じで、僕たちが何かを人に
伝えたり、教えたりするときに大事なのは
そこにどれだけ捨てた情報があるか、なんです。
(込められた情報があるか)


それは実体験や経験かもしれないし、
いろんな視点から学んだ多角的な知識かもしれないし、
物事の起源までさかのぼって得た深みかもしれない。


今回の講座でも、20カ国語以上を学んできた
溝江先生が伝えてくださるイタリア語には
深みと重みがありました。


もちろん、それは僕たちにも言えて、
例えば僕は英語を学校で指導していますが、
たとえイタリア語を教えなくたって
英語を教えている時の深みや重みは絶対に変わります。

イタリア語を通して得たヨーロッパ言語の
特徴や普遍性、英語のルーツが
自分の言葉に宿るからです。


今までの英語の説明の仕方も
変わってくるかもしれません。

あるいは微妙に、気づかない程度でも
話し方や、伝える順序や、トーンや、自信度や
雑談の質が変わってくるでしょう。


そうやって言葉の重みや
深さが決められます。


よく何かを学ぶときに
「そんなこと学んでどないすんねん」
「そんなん日常で使われへんやん。」
と言われたりしますが、

最短距離で得た知識や経験に
重みや深さはないし、
無駄だと思うところに重要なことが
隠されていると思っています。


だから遠回りが一番近道。


そう思ってこれからも
無駄を無駄にすることなく
学び続けていきたいです。



、、、ということで以上3つでした。

書くのに1時間かかっちゃいましたが、
まだあと1時間も新幹線の中です笑

今回の記事で少しでもヒントや
参考になるものがあればなと思います。


今から何しよ、、、



本でも読みます笑
では!

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