【この物語はフィクションです】
昔から学校の先生が嫌いだった。
親だってあまり好きではない。基本的に塾の先生の方が詳しく教えてくれるし、親は何も知らない。
大学に入ってもその思いは変わらず、無意味だと思う授業を受けるのは退屈極まりない。
もっと教授を教える技術を磨けばいいのに。
もちろん、教授たちの本職が研究だとはわかっているが、それでもあまりにもひどいこの有様にはうんざりしている。
そんな、生産性のない日々を送っていると感じながら、今日も大学を終える。
帰り道の電車の中、見覚えのある人の姿が見えた。
あちらはまだこっちに気づいていなかった。
よく見ると、僕が高校の時に教わっていた予備校の先生だった。
「すみません、中野先生ですよね?」
話しかけるのはためらったが、思い切って声をかけることにした。
「君は、、、かずき君じゃないか、久しぶりだね。」
向こうも僕のことを覚えてくれていたようだ。
久しぶりに会うけれど、先生は全く変わっていない。
「お久しぶりです、まさかこんなところで会うとは。」
「僕は毎日この電車に乗っているよ。」
「そうなんですか!!」
なんで今まで気づかなかったんだろう。僕も毎日この電車に乗っているというのに、、、
「最近どうだ、大学生活は楽しんでいるか?」
久しぶりに会った人には毎度言われるこの挨拶。
いつもは、まあまあです、と答えていたが、先生には真面目に答えようと思った。
「実は、全然楽しくないんです。教授の教え方も下手だし、授業もつまんないし、
もっと大学って何かが得られるものだと思っていたんですけどね。」
最近の悩みはこれだった。
悩みというか、もう半分どうでもよくなっていた。
「かずき君は昔から何かを学ぶのが人一倍好きだからね〜、まあその気持ちはわかるよ。」
中野先生は変わらない表情で答える。
「まあ、確かに教授の本職は研究だとは聞かされていたんですけど、それにしてもあんまりかなと思うんです。
なんか、高校の学校の先生も嫌でしたけど、それよりもひどいですね。」
電車の中には数人の乗客しかいない。
他の人は静かに寝ているか、携帯をいじっている。
「まあ、そんな気持ちもよくわかる。確かに大学の教授といえども、いくら本職が研究とはいえ、
教える技術も学ぶべきだとは俺も思うな。」
「ですよね。」
「でもな、、、」
と、先生は続けて言う。
「それを今言ったところでどうにかなるもんじゃない。
それを言ってもすぐには変わらないんだよ。そんな状況でも、変えることのできるものはあるんじゃないかな。」
「変えられるもの?」
中野先生の顔は急にキリッとした顔になる。
「俺は塾で講師をしているが、実はクラスを担当していて、
伸びるクラスと伸びないクラスにはある違いがあるんだ。
もちろん、担当する先生によっても変わってくるけれど、生徒側に違いがある。
それがなんだかわかる?」
違い、、、熱意とかか、
「やる気ですかね。」
「確かにやる気も必要だ。でもそれだけではクラス、として伸びる伸びないという話にはならない。
じゃあ、その違いは何なのかというと、循環の意識だよ。」
「循環の意識??」
「うん、いくら先生が熱を込めて頑張っても、いくら先生がエネルギーを使っても、
生徒がそのエネルギーを循環させないと、一方通行になってしまって成り立たなくなる。」
「もっと詳しく教えていただけますか?」
「例えば、熱いものって上にいくよね?そして冷たいものは下にいく。
これは物理世界での当たり前の話なんだけど、これは単純に物理的な話だけではないんだ。」
「それは学校でも通用するってことですか?」
「もっというと、学校だけではなく、コミュニティー全体に言える。
先生はクールに生徒は熱く、社長はクールで社員は熱く、
サークルなら会長や3、4回生はクールに1、2回生は熱く、
こういったコミュニティーが成功するものなんだ。
それはさっき言った通り、循環がうまく成り立っているから言える。」
「つまり、僕たちが循環を起こさないといけないってことになりますよね。」
「そう、かずき君が高校の時もそうだったんじゃないかな。
体育祭とか、文化祭って生徒たちが中心となってやっていたでしょ?
だからこそ一致団結していい経験が出来たんだと思う。」
「確かに、そうだったと思います。みんな一生懸命だったんで。」
電車がトンネルを抜けようとしている。
トンネルの先にあるのは僕の家の最寄駅だ。
「先生たちもその意識を持って授業をしないといけない。
でも、今のかずき君ができることといったら循環を起こしていくことでしょ。
例えば、教授に質問をしてみたり、こんな授業をしたらどうですか、提案してみたり、
こんなのに興味があるんです、という話をしていれば
授業で取り上げてくれるかもしれない。」
暗かった視界が急に明るくなる。
最寄駅はもう目と鼻のさきだ。電車が速度を落としていくのを感じる。
「まずは僕から循環を起こすんですね。
今まで、先生に甘えていたのかもしれません。いつも先生がちゃんと教えてくれていたから
先生に依存、というか、先生から引き出す努力をしてこなかったんだと思いました、、、」
電車が止まる。静かな電車の中でアナウンスだけが大きく聞こえた。
「ここで降りるんだよね?」
「はい。今日はなんかすみません。いろいろ話してもらって。
なんか大きな気づきがありました。」
「いいよ、いいよ。またあったら話をしよう。」
電車はすぐに出発した。
今でも中野先生は僕にとって大きな存在なんだと感じる。
今日知った、循環を起こす意識、、、まずは身近な人から循環を起こしていこう、それから、、、
そんなことをあれこれ考えながら家へと帰って行った。
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