この物語は続きです
《物語》ある大学生講師と生徒〜講師編①〜
また先生が変わった。何回新しい先生を見ないといけないんだ。
今回の先生は前から知っていた。授業は持ってもらったことはないが、他の先生と違っていつも元気に挨拶してくれる。こんな俺があいさつするのかだって? 挨拶をし返さないほど俺はクズじゃない。
先生の名前は、、、忘れた。でも結局同じことの繰り返しだろう。また最初は俺を起こして頑張るが、結局諦めることになる。俺は早くこの塾をやめたいんだ。
「神谷くん、勉強しないの?」
「やる気でない。」
「そっか。」
この時点で諦める先生も多い。しかし、この先生はそのあとも質問を繰り返してきた。
「神谷くんて何かスポーツとかしてんの?」
「テニス。」
ボソッとこたえる。聞こえるか聞こえないかの声で。俺自身のことを聞いてきた先生は初めてだった。でもどうせ話をつなぐために適当に言ったことだろう。
「僕さ、実はね、、、」
何かと思ったら今度は先生が自分の過去について話しはじめた。なんなんだ、こいつは。
「先生が神谷くんの年の頃はね、勉強なんか全くしなかったんだよな〜、一日中ゲームばっかしてた笑」
「、、、」
「でもね、ある先生と出会って俺は変わったんだよね。」
どうやらそのある先生がすごいらしい。でもそんなの俺には関係ない。そんな話を聞いて何か変わるわけでもなかった。でも、その時の先生はとても楽しそうだった。そして話を変えた。
「ところでさ、ゲームと受験って似てると思うんだよね、おれ。」
「ゲームと受験が?」
「そう。だって問題を解くたびにレベルアップするじゃん?しかもさ、受験にもちゃんとした攻略法もあるし。」
「攻略法、、、」
「あるよ! みんな闇雲にやっているわけじゃない。行きたい高校に向けてちゃんと作戦を立てて勉強しているんだよ。」
最初はおれを勉強させようとして話をしているのかと思った。いつもの先生のやり口だ。しかしこの先生の言っていることはそんなこととは関係なく、本当に心から言っている気がした。なぜだかわからないけど、、、
「もちろん、ゲームみたいに無理になったら最初からやり直し、というわけにはいかない。でも、レベルアップするために倒せる敵を倒して経験値を積むのも結局はゲームと一緒だよね。」
いままで考えたことなかった、ゲームと受験が同じだって。そうなのかもしれない。でもだからといっておれが塾に残る理由にはならない。この先生には悪いけど、おれはもうやめるんだ。何したって無駄だよ。
おれは先生の話はちょっとだけおもしろいなと思いながらも、それでも塾をやめる気でいた。そんな俺の気持ちとは裏腹に、その日から先生の態度はさらに変化した。
勉強をするときも常にゲームの例えを考えたり、解説を手書きで作ってくれたり、挨拶もいままで以上に積極的にしてくれた。何もないときにも声をかけられるようになった。
最初は普通の先生よりしつこいだけなんだろうって思っていた。けど違った。毎日毎日、来る日も来る日もおれにアタックしてくる。
人からこんなにされるのは初めてだった。いままで適当に扱われて僕から動かない限りそれ以上何かをされることはない。無視をしたらそのまま無視し返されるだけ。おれになんか構ったところで無駄なだけだ。
でもこの先生は俺がどれだけ無視をしようが、どれだけ勉強をしないであろうが、全く関係なくただ信じてアタックしてくれている。それが肌で伝わってきた。
こんなに反抗する、先生の言うことを聞かない僕をいつも受け止めてくれている。机で寝ようとしても決してほったらかしにしない。めげずにめげずに何度も何度も起こしてくるし、冷たくあしらうかと思ったら、手書きの解説を作ってくる。
親ですら、勉強しなさいの一言しかいわないのに、この先生はいつだって僕を信じてくれている。神谷くんならできるよって。
そんなおれ専用の解説なんか作ってこられたら使わないわけにはいかないじゃないか。先生の行為が無駄になってきてしまう。
そのとき気づいた。いままで反抗し続けてきたおれの気持ちはどこかにいったしまったことに。いままで意地を張ってただけなんじゃないか。
俺の心の中で何かが変わっていた、何かはわからないけど、でも確かに変化しているものがそこにあった。
おれは決めた。塾に残る。
この先生なら信じていいかもしれない、この先生なら僕を受け止めてくれるかもしれない。
僕の長い夏が始まった。
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