僕が「わかりやすい授業」よりも意識している「”わかりにくい”授業」


指導者の方にはそれぞれ教育観があり
それに従って授業をされています。

もちろん僕もその中の一人です。

いろんな指導観があり、いろんな意見があり
何が正しいのか、何が間違っているのか
わからなくなりますよね(> <)

僕も常に様々な考えに触れて
進化できるように頑張っています。

ただ、僕は一般的にいう
「わかりやすい授業」を
そこまで求めていません。

昔は「わかりやすい授業が一番だ!」
と思っていたのですが、そうではないな
と気づき改善するようになりました。

なぜ求めていないのか、
その理由と具体的な策をまとめてみました!




「わかりやすい授業」の弊害








一般的にわかりやすい授業と言えば
どんな授業を想像しますか?

例えば、
解説がわかりやすい
図解もされて見やすい
手のかゆいところにまで解説が行き届いている


こういったものがあると思います。

もちろんこれらの授業は大事だし
否定するつもりは全くありません。

むしろ
「わかりやすい授業」は指導者の絶対条件
でしょう。

いっていることが全くわからない
なんてことになってしまったら
指導者の意味がなくなってしまいますから。


でも、それだけではいけないんですね。

「わかりやすい授業」だけではなく、
「わかりにくい授業」ではいけなくて、
「”わかりにくい”授業」が必要なんです。



僕が過去に個別塾や家庭教師、そして今は
学校現場で教えていて感じることは
「わかりやすい授業」だけでは
わかった気になってしまう生徒が多くなる
ことです。

「うわ〜、いいこと知れたわ〜」
「さっきの授業シビれたわ〜」

そうやって生徒がいってくれることは
別にいいんですが、それで力が伸びなかったら
僕は何も嬉しくありません。


さらに、
教えてばかりいると
教えられるのに慣れてしまって
自分から学ばない人を育ててしまいます。



僕が学校現場や過去に塾で教えていて強烈に
違和感を感じたのは、この「教えて!」の姿勢でした。



何でもかんでも「教えて!」という子供たちをみて
「これはまずいな・・・」と何度も感じています。

教えられるのに慣れてしまった人は
教えられないと成長しなくなります。



そして、挙げ句の果てに、
自分の成績の悪さを指導者の責任に
簡単になすりつけてきます。



パッとググれば一瞬でわかるのに、
ちょっと参考書や単語帳や辞書を使ったら
答えは出てくるのに、

そんなことをしないで、何でもかんでも
「教えて!」「教えて!」といってくる子供たちは
これからの先が思いやられるなと痛感します。

そしてそんな子供にしてしまった
指導者の責任は重たいなと深く反省しています。





「”わかりにくい”授業」とは!?








では、どんな授業がいいのでしょうか?

「わかりやすい授業」だけではなく
僕は、「”わかりにくい”授業」が必要だと断言します。

もちろん指導者が生徒にいっていることが全く
伝わらない「わかりにくい授業」はダメです。

でも、
生徒が自分から学ぶ意識を持たせる
「”わかりにくい”」授業は必要
です。


わかりやすい授業だけでは、
生徒はわかった気になって、努力をしなくなる。

「もうこれで十分だ」「この先生だったら安心だ」
そんなことを抱かせていい気になっている
指導者にはなりたくないと常に意識しています。


わかりやすい授業よりも、
生徒が伸びる授業をしたい。


わかりやすい授業よりも、
考えさせる授業をしたい。

わかりやすい授業よりも、
空白のある授業をしたい。

わかりやすい授業よりも、
「???!!」がある授業にしたい。

わかりやすい授業よりも、
自分で行動する生徒が育つ授業がしたい。


生徒が自分で調べたり、疑問を持って
勉強するようになったりして自ら動く。

そうでないと、本当の意味で成長は
ないと思うんですね。

もちろん「わかりやすい授業」だけでも
ある程度までは伸びると思います。


でも、受験生は試験に近づくにつれて
授業がなくなり「自分で」勉強せざるをえなくなります。

また、そもそも学校や塾以外で勉強するのも
全て「自分が」勉強しないといけません。

大学生になったら、あるいは社会人になったら
きっちりと教えてくれる人がどれだけいるでしょうか?

学校のように1から10まで教えてくれるのでしょうか?


だからこそ、「教えて〜」といつまでも
教えられるのを待っている雛鳥のような生徒を
育てるのではなく、


「自分から学んでやる!」という学習者
育てていかないといけない
と感じています。


それが高校英語講師、久次米智、26歳の
現段階での求める指導観です。
(もしかしたらこの考えはもっと経験を積めば変わるかもしれません。)




「”わかりにくい”授業」の作り出し方








じゃあ、どうやって”わかりにくい”授業を
作るのかと言えば、

① Thinking Timeの導入
② 引き算思考      
③ 「学習者」を育てる指導


の3つが有効でしょう。




① Thinking Timeの導入




これはそのままの通り考える時間や
ペアでの話し合い、教えあいを入れることです。


例えば、コミュニケーション英語(以後、コミュ英)
では、自分の解答とペアとの解答を見比べて
考えてもらう時間を取っています。

ここでペアと話し合って、気づかなかった点や
思ってもみなかったことを知って
自分の理解につなげていくことができます。


人によって問題を解くアプローチが違ったり
着目する部分が違ったり、その過程を
シェアしてもらうことで新しい思考回路ができたりします。

その時がチャンスですね。


また、「教えあい」もかなり入れています。

例えば、僕は以前英語表現(高校3年生)の時間で、
使役動詞(make, have, let)の違いを説明しました。

そこで説明して終わっては、
「わかった気になった」
生徒が続出します。


なのでペアの人に相手が高校1年生だと想定して
わかりやすいように説明してみて!と伝えました。


最初は、
どうやっていうん?」
「え〜、人に教えたことなんてないからわからへん」

となっていましたが、続けていくことで
教えるのが上手くなっていきました。


ここで生徒が気づいてくれて嬉しかったのが
「あれ、わかったつもりやってんけど、
 上手く説明できひん。」

ということでした。

わかりやすい授業をしたら
確かにわかった気になります。

理解した気になるけれど、いざ説明しよう
ってなってみると相手に理解してもらうために
一歩踏み込んで理解していないといけない。

そこで「案外わかってなかったな」
っていうのをわかってほしいんですね。




② 引き算思考




2つ目は引き算思考です。

僕たちは教えようと思ったら
いくらでも教えることができます。

いくらでも伝えたいことはあるし
学んでほしいこともある。

でも、それではいけない。


そういった、「あれもこれも」という
足し算思考ではなくて、
「これだけ」という引き算思考で考える。

つまり、

何を教えないか
何を伝えないべきか
何を省くべきか
どのポイントを簡潔にするか

どこを本人に考えてもらうか
どれを本人に調べてもらうか

本人が自身だけで勉強しにくい所はどこか?

という視点です。


この視点に立って考えたときに
本当に教えるべき内容が見えてきます。

例えば、また英語の授業の話になりますが、
英語表現で文法の解説をする時がありました。

でも、その解説は学校で配られてある
文法書や文法問題集にまとめてくれてあります。

そしたらそこを
またわざわざ説明するのでしょうか?

解説が書いてあるのに、そこにビシッと
詳しくかつわかりやすい説明があるのに
また板書して生徒にそれを伝えるべきなのでしょうか?



僕はしません。


その代わりあることをします。




③ 「学習者」を育てる指導




では、学習者を育てるためにどうするのかといえば
2つを代表してまとめてみました。

❶どの参考書・問題集のどこに
解説が載ってあるかだけを伝える。


こうすることで生徒たちが自分で
調べて、学んでいくことを勧めれます。


もちろん、理解を深めるために
書いてある解説と違った切り口で説明する
ということは僕もします。

ただ、解説が似ていたりまとめがすでにそこに
あるのならわざわざ説明する必要はないでしょう。

その代わり僕は訓練に時間を使います。

音読
例文暗唱
ペア活動
教えあい
ゲーム活動

こういったことに時間を使って
授業中に訓練をすることに集中させています。

自分一人では勉強するのが大変な
例文暗唱でも、ゲーム感覚で
教室のみんなと覚えたら楽しくできますよね。


教える授業ではなくて、
生徒が伸びる授業であってほしい。


そのために解説するべきでないのなら
解説はしません。


❷解説を使った自学自習

僕の勤務校のコミュ英では長文演習がありますが、
その解説は授業後に配られる予定になっています。

だったら、わざわざ全てを
解説する必要がない。


だから解説に書いてないことを重点に、
また解説に書いてあるけどわかりにくい
ところを中心に解説をするようにしてます。

ただ、それだけでは普通なので
たまに一切授業しないこともあります。


その代わり解説を先に配ってしまいます。

そして解説のさばき方を教えます。

具体的にいうと、
1 20分の演習後、解説を配る
2 解説をみてまず15分自分で解説をさばいてみる
3 その後、15分間グループでどんな風に解説をさばいたのか
  お互いにシェアしてもらい、盗める所は盗んでいく


こんな風にして解説をどうやって写すのか
どんな風に色分けをしたり、解説を書き加えたり
するのかというところを訓練してもらいます。


先述したように受験が近付くにつれて
生徒たちは自分で勉強しないといけません。


過去問を解いても、解説が書いてある
参考書、問題集を見て自分でやらないといけない。


だからそのための準備と
そのための訓練をしておく必要があります。

また、2 解説をみてまず15分自分で解説をさばいてみる
の時には、こんな声かけをしています。




どんな解説の書き方をしたら復習がしやすいですか?

どんな色分けをしたら見やすいですか?

文と文の行間に著者が解説に書きたかったけど

 書けなかったものは何だと思いますか?

結果だけではなく答えに至るプロセスはどんなものですか?

次に繋げるためにどんな工夫がありますか?




生徒によっていろんな工夫があり
なるほど〜と思うこともたくさんありました。

それをシェアしてもらうことで
周りの人もその工夫を手に入れて
学習者レベルをあげることができる。

そのために絶対に必要なことだと
僕は考えています。




まとめ




僕が常に意識していることは
「生徒が成長する授業は何か?」
ということです。


どれだけわかりやすくても
生徒が伸びなかったのなら
その授業はよくなかったと捉えています。

逆に”わかりづらく”ても生徒が
成長できるのならそれはいい授業では
ないでしょうか?

本当に生徒のために、子供のために
そして将来のために考えた時に、

どんな学ぶ姿勢の人が活躍するのか、
それを考えてみた時に降ってくる最適解が
あると思います。


最後まで読んでいただいてありがとうございました!
少しでも役に立てれたら嬉しいです(> <)

■教育メルマガ
自身の経験を元にした教育メルマガを発行中。
 (10秒で登録できます)
教育、自己教育に関して、無料メルマガを発行しています!「マンガ ワンピース」「お笑い芸人 さんまさん」「日本の神話」「塾での経験」「少年野球での実例」「日本の偉人 吉田松陰」「人間関係の法則」「ラテン語」などいろんな題材から教育について切り込んでいます。どうぞ、立ち寄ってみてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です