自分を犠牲にした「ひとのため」はその人のためにならない。


みんなのために何かしたい
あいつのために手伝いたい


そう思うときはあるだろうし
それは人間として極々当たり前のこと。







でも、その「誰かのため」のせいで
自分が苦しむようなことがあってはいけない。




わかりやすいようにお金で例えてみよう。




あなたがもし100万円持っていて
友達に聞かれたとする。


「なあ、お金なくなったから1万円貸してくれへん?」


ほとんどの人は特に考えることなく
その友人にお金を貸すことができる。


だって100万円もあるから。



でも、もしあなたが大学生で、しかも
月収が3万円だとしたらどうだろう。


それで生活しないといけないあなたは
きっと一万円を貸すことはできない。




仮にここで「人のため」と思って
無理にお金を貸したとする。


一時的にはその友人は救われるかもしれないけど
そのあと困るのは自分だし、


困っているあなたを見た友人は
きっといい思いはしないはず。



「俺がお金を借りたせいであいつが今度は苦しんでる。」



そうなったらその友人はきっともう
あなたからお金を借りることはないだろうし
これからあなたに気を遣いづつけることになる。



だってあなたは素直に自分はお金がないことを言わず、
友人に貸して状況が悪化したのだから。





これは心でも同じ。




あいつのため
人のため


その思いで動くのはとてもいいこと。




でもそのせいであなたが苦しんだなら
あなたが助けたはずの人まで苦しむことになる。


これから余計な気を遣うかもしれないし、
あなたの姿を見て自責の念にかられるかもしれない。




自分がしんどい時は、

ちょっと自分を許してあげる。

楽にしてあげる。

自分を大切にしてみる。



そうやってバランスを取っていくことで
自分の進む流れがもっとスムーズになるかもしれないですよ。





では。





■教育メルマガ
自身の経験を元にした教育メルマガを発行中。
 (10秒で登録できます)
教育、自己教育に関して、無料メルマガを発行しています!「マンガ ワンピース」「お笑い芸人 さんまさん」「日本の神話」「塾での経験」「少年野球での実例」「日本の偉人 吉田松陰」「人間関係の法則」「ラテン語」などいろんな題材から教育について切り込んでいます。どうぞ、立ち寄ってみてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です