学校という「ものさし」を捨てたら見えてくる中学生の輝く場


日は中学校でフェスタを開催していて、
僕も講師?としてお手伝いをしていました。

朝からせっせとサーターアンダギーを作り、
(他の先生はカレーやラーメンなども。)
もう何十個も作ってヘトヘトになっていました。



昼から授業が終わると、決められた生徒の何人かが
フェスタのお手伝いをしてくれていて、売り込みもしていました。

そこで感じたのは、やっぱきっちりできるやん!

ってことでした。


売り込みや、お会計を手伝ってくれている生徒の
中には、普段あまり学校の中では評価が良くない子もいました。


しかし、そんなの関係ない。

少なくとも今回のフェスタでは他の誰よりも
大きな声を出してお客さんを呼んでいたし、

ややこしい会計をテキパキとこなしていたし、
見ていて、かっこいいな、と感じました。



学校内では勉強がどうしても生徒を測る
「ものさし」になりやすいです。

それを避けるのはなかなか難しいですが、
絶対的な基準ではありません。



これは学校の中以外でも起こります。

例えば、就活。

自分がいい大学に入っているから
いい会社に入らないといけない

それは社会の勝手な「ものさし」です。



野球をしている生徒がいて
あまり野球が上手でなかった。

だから人間的に低い、ダメなやつ
なのかといったら
そんなわけないことは皆さんもわかるはずです。


学校に行かずに引きこもっている人がいた

それは学校に行っている人からすれば
学校に行っていること=当たり前
という「ものさし」があります。

そんな人からすれば、不登校の人は異常、
社会から外れた問題児、となります。


でも、それは学校にいく人の「ものさし」で
あって、それが絶対ではないんです。
別に学校が嫌なら行かなかったらいいじゃないですか。


それを問題視をするから、余計に子供は
自分が問題児だと認識して殻にこもってしまうんです。




大学に入ったからといって卒業しないといけない
なんてことはないし、

借金すること=悪いこと、でもないし

後輩にはおごらないといけない、なんてこともない。

マンガをずっと読んでいる人全員がクズなわけでもないし、

大人の方が子供より賢いとは決まっていないし、

裸足で家に帰るのが悪いわけでもない。





僕のことを言えば、
イワシを食べる時に僕は大根のすりおろしを
加えようとするんですが、親に

「あんた、普通はサンマにつけるものでしょ!」

と反発されます。

でも、僕からしたら、「だから、何?」となる
だけで、その普通ってなんなの、て感じです。


また、僕はレモンを皮ごと食べるのですが、
それを見た人からは

「誰も皮ごとでレモン食べへんで。」

と言われます。



でもみんながしてないからしてはいけない、なんてルールなんてないし、

食べたかったら食べたらいいじゃないですか。





結局、僕も含めてみんなは
何かしらの「ものさし」を持っています。

そしてその「ものさし」に囚われて自分を
見失ってしまう
んです。


なかなか気づくことができないかもしれません。
でもそれを解き明かそうとする姿勢がまず大事なんだと思います。

自分と全く違う人との出会いや、
全く違う環境に飛び込むのは


「ものさし」を壊していく1つの方法。

そういう意味では留学というのは非常に効果的な
ものだと思いますね。




自分がどんな「ものさし」を持っているのか
どんな「ものさし」の中で今まで生きてきたのか



それを探っていくことが
自分を高める1つの手段ではないでしょうか。





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