僕が嫌いな言葉は「教えるのが好き」です。

おはようございます。

3日連続で新歓をしている智です。

僕は2つのサークルに入っているので
新歓がかなり忙しく、昨日はあちこち飛び回っていました。

すっかりブログを書く時間がなくなり、
合間を狙っていま書いています。

てことで本題に。

「教えるのが好き」っていう人がいます。

昔は僕も好きでした。

やりがいがあるし、何より相手が成長してくれた
何とも言えないあの嬉しさ。

でも、思ったのが

本当に嬉しいんだろうか、

ってことです。

確かに嬉しいですが、それは自分のためにしているん
じゃないか、と思ったりします。

で、そこに通ずるのですが、

「教える」

っていう言葉が嫌いで、「先生」って言葉も嫌いです。

だからできるだけ塾や学校では
「先生って呼ばないで」
と言っています。

何で嫌いなのか、と言うと
それは

おこがましい

俺は偉くない

そもそも主人公はお前だ

っていう思いがあるから。

一人一人持っているものは違うし、
育った環境も違う。

僕が知っていることもあれば
相手が知っていることもある。

僕が知らないことでも、相手が知っていることはあるし、
相手の方が才能ある分野って必ずあります。

だから

「教える」

ではなくて、

「引き出す」

が好きです。

僕は「教えるのが好き」ではなくて
「引き出すのが得意」。

相手の持っている才能とかを質問したり
問いかけたり、相手に向き合ってもらったりして
相手が気づかなかったことに気づいてもらう。

相手が思いもよらなかった才能を発揮してもらう。

それが僕の喜びであり、楽しさであり、才能でもある。

教えるのが好きって変なんですよ。

僕は「教えるのが好き」ってことは「教えている自分が好き」に聞こえてしまう。

まあ、そうじゃない人もいるかもしれませんが、
教えるってことは答えは自分が持っているってこと
だと思うんですね。

いやいや、違うから笑

もちろん自分が提供できる知識やノウハウ、経験も
ありますが、何でも答えを持っているわけではない。

自分が持っている時もありますが、多くは
相手が持っているもの。

教える側はそこをきっちりと意識していないといけないと思います。

だから
「教えるのが好き」ってことは「教えている自分が好き」
に聞こえるんです。

教えている自分がすごい
俺の言うことを聞いておけばいい
お前はまだまだダメだ
俺が正しい
俺がお前をよくしてやる

そんな考えはさっさと捨てていきましょう。

いつだって学んでいる人が主人公。

教えている人はあくまで脇役です。

参考になれば。

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笑顔の子供

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