「ついつい」やってしまう落とし穴〜「ついつい」が武器にならないとき〜

武器を持った男


回はフェチ、つまり「ついついやってしまうこと」が自分の武器になるよという話をしました。
僕は「〇〇フェチ」なんです〜自分の武器を見つける技術〜


しかし、それがそうとは限らないときがあります。

どんなときでしょうか?



【この物語はフィクションです】

「ゆうきさん!ブログ見ましたよ!!」


昨日のゆうきさんのブログを見て感銘を受けた。

人にはその人の武器があるし、「フェチ」を見つけることで武器になる。

その考えにとても共感した。


「おー、だいきやん、見てくれたんや。」


「はい、なんかすごい共感して、ずっと自分を責めていたんですけど、

ついついやってしまうことって見方を変えたら武器になるんですね!」


自分の嫌なこととかいっぱいあった。

でもそれも見方を変えたらいいように捉えられる。

僕もついつい人の目を気にして、そんな自分が嫌だったけど、その分人のことを考えられるってことなんだって思えた。


「まあ、そうやな〜そう言ってくれて嬉しいわ。」


「はい、ただ、一つ質問があって、、、」


「うん、何?」


「僕、みんなといる時って何も問題ないんですけど、一人でいる時って気づいたら嫌なことを考えてしまうんです。

なんか、昔の失敗とか、恥ずかしかったこととか、、、

それも武器になるんですかね?」


ゆうきさんはついついやってしまうことは武器になるという。

じゃあ、ネガティブになることも武器になるのか、、?


「ああ、ネガティブね〜。実はブログで書かへんかってんけど、武器になる「ついつい」と武器にならない「ついつい」があるんよ。」


「武器にならない「ついつい」、、、?」


「うん。」


「それって、、、何ですか?」


「ついついやってしまうことって、もちろん自分がやりたいからだし、

才能があるからなんだけど、それ以外に人間の性質としてそうなってしまうことがある。」


「人間の性質ですか?」


「その例がネガティヴになること。

これってね、人である限り誰だってするもんなんよね。」


「まあ、そうとは思いますけど、、、」


「なぜだかわかる?」


「なぜって、そりゃ、わかんないですけど、そういうもんじゃないですか?笑」


「テキトーかっ!笑

簡単や。人は嫌な出来事を記憶するようになっている。

それは次に同じようなことが起こりそうな時に避けないといけないからだよ。」


「まあ、そうですね、、」


「じゃあ、なんで避けないのか、というと、、?」


「んー、嫌だから、、とか?」


「それはもちろんそうだけど、生命のリスクがあると感じるからや。

嫌なことがまた起こりそうな時に、その記憶を思い出して

未然に防ぐための防衛反応として機能してる。

この脳のメカニズムは生物が生き残るために必要な能力の一つなんや。」


「なるほど、だからついついしてしまうと。」


「そう。だからそれは武器とかじゃなくて、生物の本能。

生物として必要だからある、ただそれだけ。」


「てことは、「ついつい」の行動が生物としてのことなのか

それとも、自分の欲求なのかを見極めないといけないんですね。」


「おっ、!そういうこと。

他にも、ラクしたい、ってのも誰だって思っていることやん。」


「なるほど、確かにそうですね。「ついつい」も奥が深いな、、、

あっ、でも思ったんですけど、じゃあ嫌なことを思い出してしまうってことはそれは変えられないですよね?

じゃあなんでポジティブな人がいるんですか?

それって嫌なことを考えていても変えれるってことなんじゃ、、、」


「鋭いな〜、あるよ、嫌な気持ちをなくす方法が。」


「えっ、あるんですかっっ!!

教えてください!」


「時間もあるしな、ブログの読者さんも疲れているだろうし、

そのトピックはまた今度にしようか笑」


「え〜〜〜、いますぐ聞きたいのに〜〜〜」


「あんまり長過ぎるとみんな読み疲れちゃうからな〜

じゃあ、また今度!」


そう言ってゆうきさんはさっそうと消えていった。




武器を持った男



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