【テーマ①:愛】〜「2つの愛の形」と「愛と才能の交換法則」〜 

今回は「愛」をテーマに
掘りさげてみたいと思います。



1つの言葉をいろんな角度から
みてみることで
いろんな学びがあるんですね。



1つの言葉を掘り下げたり
切り込みを変えることで
見えてくる真実があります。



僕はそれを知ってほしくて
このブログを書きました。

(メルマガで小分けにして
配信したものをまとめたものです。)



では「愛」の旅へと参りましょう。



______目次________
◇1 「好き」と「愛する」の違いとは!?
◇2 2つの愛の形
◇3 なぜ親の愛の形が
   人の”性格”を決めるのか?
◇4 ナイチンゲール、イエス・キリスト、
   ヘレン・ケラーの「愛」
◇5 愛⇔才能の交換法則

________________





◇1 「好き」と「愛する」の違いとは!?

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あの人が好き
あの人を愛してる



似たような言葉ですが
意味は全然違いますよね。




でもどう違うの?


ちょっと一緒に考えてみましょうか。
(頭を働かせながら読んでみて下さい。)





■子供が
「ウルトラマン大好き!」
とはいうけれど

「ウルトラマンを愛してる!」
とはあまり言わないですね。



女の子が
「このぬいぐるみ好き!」
というのと

「このぬいぐるみを愛してる!」
というのとではニュアンスが違いますよね。




もっと身近でいきましょうか。



「俺あいつ好きやで!」

というときと、

「俺、あいつを愛してる。」

はどう違うんでしょうか。



恋人に使うのが「愛してる」ですか?

友達には「好き」ですか?




ん~、どうでしょう。




でも、親が子に対して
「お前を愛している!」
とも言いますね。





■実は「好き」と「愛する」の違いは

部分的か、包括的か
で決まります。



「好き」は相手の一部分が良い、という意味。




ウルトラマンは子供にとって、

 かっこいいから
 強いから
 敵を倒してくれるから


だから好きなんです。


でも、もしウルトラマンが弱くて
敵に負けてダサかったら
きっと子供は好きにはならないはず。




同じことがぬいぐるみにも言えます。

 かわいいから
 自分を癒してくれるから


だから好きなんです。



でも、飽きたら捨てられるし
ボロボロになって汚くなったら
捨てる人もいます。



結局、その相手の一部分が
好きなだけなんです。





■でも、「愛する」は違う。




愛はすべてを含みます。


相手を包み込むかのように
どんな状態の相手であっても
認めて愛してあげられる。


一切の条件はありません。





友達を愛する、ということは


 友達がヘマをしても
 何か失敗をしても
 自分を裏切っても
 自分を批判してきても
 例え誰かを殺したとしても



それを許し、相手の存在を認め、
愛していく。


どんな人であっても
部分的でなく、包括的に愛していく。





■よく日常で、
「あいつ好きやわ~」

っていうときって大概は
何か部分的な理由があります。



 おもしろいから
 誘ったらすぐに来てくれるから
 お金を払ってくれるから
 自分のペースに合わせてくれるから
 自分の意見を聞いてくれるから




でも、その相手が変わってしまったら
きっとあなたは「好き」ではなくなります。



だって、その相手の”一部分”が
好きだったのだから。



これが「愛する」と「好き」の違いです。




◇2 2つの愛の形

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愛には二つの形があります。


条件付きの愛」と
無条件の愛」。




前回は「好き」と「愛する」
の違いでしたが、


好きは部分的
愛するは包括的、でしたね。






じゃあ、条件付きの愛はなに?
というと



何か条件を満たしていたら
あなたを愛しましょう
”、ってことです。




 勉強ができたらあなた全てを愛します
 スポーツができたらあなた全てを愛します
 家事ができたらあなた全てを愛します
 親の言うことを聞いたらあなた全てを愛します




そんな風に、何か条件を満たしたら
じゃあすべてを愛します、ってことですね。




「好き」は部分的ですから、

 スポーツができるというあなた
 勉強ができるというあなた
 家事ができるというあなた


が好きという意味です。




この違いわかりますかね?笑





まあ、話を戻して
条件付きの愛は条件がないと愛しません。





逆に、無条件の愛とは、

 何かができなくても
 情けなくても
 スポーツができなくても
 勉強ができなくても
 かっこ悪くても
 仕事ができなくても



ただ生きているだけでいい!




その存在自体を愛す、ってことです。






振り返ってみてください。




あなたが誰かを”愛している”
というのなら、



それは本当に無条件の愛でしょうか?
何か条件をつけていませんか?



 彼氏に対して
 彼女に対して
 愛人に対して
 我が子に対して
 友達に対して
 家族に対して
 同僚に対して



どんな愛を注いでいますか?



または、誰かから条件付きの愛を
もらっていませんか?


一度振り返ってみてください。




◇3 なぜ親の愛の形が
   人の”性格”を決めるのか?

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親の愛の形→子供の”性格”




■これまで

・「好き」と「愛する」の違い
・二つの愛の形

をお伝えしました。





今回は「愛」をテーマにして

 親と子の関係
 自分の性格ができる過程

 
の話をしますね。





人の性格は実は生まれた時から
ほぼ決まっています。


これは今回の話から逸れるので
あまり深くは扱わないですが、


脳内物質の分泌量を調べることで
どんな性格を持つのか、は
ほぼ確定されます。






、、、と、それとは別に
子供の”性格”は親の愛の形で決まります



わざと””をつけているのは
それが本当の性格ではないからなんですね。



仮初めの性格。





ちょっと想像してみましょうか。


自分が3~4歳の子供だったとして
日常生活をしているとします。




あなたの世界はどんな感じでしょうか。









狭いですね~


小さな子供にとって
この世界はメチャクチャ狭いです。




そんな子供にとって一番大きな
世界はどこでしょうか?

あるいは、これが自分の世界だ!
と思っている世界はどこでしょうか?










紛れもなく、、、、

家庭です。
(親がいなければ身近な人たちとの関係です。)







家庭環境が子供の世界の
ほとんどを占めています。



外に何があるかもわからない
日本の外にいろんな人がいることも知らない




■そんな中で、自分の存在を、自分の価値を
確立するにはどうしたらいいのか、




それは【親の愛を獲得すること】ですよね。





誰だって、他人に認めてもらいたい
って感情があるじゃないですか。

(まあ本当は人生のステージを上げると
それもいらなくなるんですけどね。)






だから子供は親から愛されて初めて
自分の生きている存在意義を確認します。







だって、3歳の子供にとって
家庭環境こそが全世界だから。





親が絶対的な存在なわけです。




だから必死に親から愛を
獲得しようとします。




親が「条件付きの愛」を持って
子供に接していれば、

子供はそれに応えようとして
必死に頑張ります。




例えば、勉強こそが人生で大事だ!
と考えている親の下では、子供は
必死に勉強を頑張ります。



たとえ、勉強が全く好きでなくても、です。




そして勉強ができる子供を
親は一生懸命褒めます。


「よし、偉いぞ、その調子だ!」
ってね。




でも、子供にとっては
親の愛を獲得するために
勉強をしている
わけです。



勉強なんかは本当はしたくない。

したくないけど、愛を獲得するために
仕方なく自分の心に蓋をして勉強している。





そうすると心の中で
ちょっとずつ亀裂が走ります。



やがて、その亀裂は大きくなり
埋められないくらいの”溝”になります







よくあるじゃないですか、
医者の子供が勉強を頑張っていたのに
ある日突然バックレる、みたいな。




あれはまさに条件付きの愛の典型例です。




兄弟、姉妹関係で性格が読める!?





■愛の形を知ればきょうだい関係でも
”性格”が変わる
、ことがわかります。



例えば、あなたには勉強ができて
優秀な兄がいるとしましょう。



兄は勉強ができるために、親から
褒められ、周りから賞賛されます。




さあ、そこで次男であるあなたは
どうやって親の愛を獲得しますか?






勉強しなかったらいいんです。
あるいは勉強以外で親の愛を獲得しようとする。




勉強をしても経験や知識が常に上である
兄に勝てっこありません。


だから、全く違う、例えばスポーツや
文学などの別の分野で秀でようとします。



あるいは、兄と逆の方向に行く。




一生懸命頑張っても常に親が兄と自分を
比べてくるようなら、
頑張れど頑張れど比較され続ける。



それならいっそのこと
反発してやろう!


って思い立つわけです。




こんなこと聞きませんか?

「あそこの家の子、お兄ちゃんは賢いのに
弟くんは全くできないらしいわ。」
って。
(もちろん逆もあります。)




それは親が条件付きの愛を
課しているからです。





すくすく育つ子供の親はやっぱり、、、




条件付きの愛を持って接している以上
子供と親との関係に亀裂が走ります。



その亀裂が子供を苦しめ
親を苦しめることになり
自分にウソをつく子供を作ることになります。




じゃあどうしたらいいの?




って言われたら結局は
無条件の愛」に行き着きます。






ウソをついても
万引きしても
不登校になっても
友達ができなくても
学校の成績が良くなくても




生きてたらええやん!
そばにいてくれてたらええやん!


っていう気持ち。




そりゃ、もちろん悪いことをしたら
叱ることもあるでしょうが、
それが子供の価値を下げる理由にはならないですよね。




■僕の生徒や後輩、友人を見てみて
「しがらみがないな」って人の親は
全て無条件の愛で子供に接していました。




実際に親の人に
「どうやってお子さんを育ててきたんですか?」
って聞くと、





「とにかくいつだって母は味方だと
思ってくれるようにしてました。」

「普通に子供が育ってくれていれば
それでいい、と思って育ててました。」

「子供の参観や行事ごとはできるだけ参加して
親はちゃんとみているよ、ってことを
行動で伝えようとしてました。」






といった答えが返ってきました。
(実際に親御さんに聞きに回って
インタビューして得た情報です。)







ああ、やっぱりそうやねんな~


って理論だけじゃなくて、
やっぱり現実もそうなんだ、って
改めて感じたのを覚えています。



___________________




親の愛の形が子供の”性格”を決めます。


逆にいうなら、自分の中でどこか
無理をしている部分があったら
親との関係を見つめ直してみてください。




自分はどんな愛の形のもと育ってきたんだろう。
どんな思い込みがあるんだろう?
どんな風に育てられてきたんだろう?
自分の中の当たり前って当たり前なんだろうか?





そうやって自分と向き合うと
自分の中にある「暗号」が浮き彫りに
なってくるかもしれません。




そうやって一つ一つ自分の中の
「暗号」を解除していくことが
自分の能力を発揮するプロセスとなります。



◇4 ナイチンゲール、イエス・キリスト、
   ヘレン・ケラーの「愛」

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偉人の言葉




これまで「愛」については
数々の偉人が表現してきましたが、
今回は3人の偉人の言葉を紹介します。




■クリミア戦争に従軍し、兵舎病院の
衛生改善に努力したナイチンゲール曰く、


”愛というのは、

その人の過ちや

自分との意見の対立を

許してあげられること”







よく、
「許すことは責めるよりも偉大だ」
という格言をマンガなどで聞きます。

(それって僕だけですかね?)




責めることは簡単にできます。
批判することも、バカにすることも。



でも、それを許せるということは
自分の心に愛が詰まっているからです。




イメージしてみてください。

自分の心のコップに水が半分しか
入っていないとします。


そこに3割しか水が入っていない人が
水をくれ!と言いました。



あなたは半分しかないその水を
あげることができますか?




逆に、あなたの心のコップは
水でいっぱいであふれ出ています。



そんな時にさっきの人がやってきたら
どうでしょうか?



水をあげるのなんて
大した問題ではないですよね。


だっていっぱいあるんだもん。






■また、キリスト教創始者の
イエス・キリストは、


”あなたの隣人を

あなた自身のように愛せよ”



と言いました。





これはキリストのいう、
隣人愛」ですね。



よく勘違いする人がいるのですが、
隣人愛は「隣人を愛せ!」ではありません。



自分を愛するように
また隣人も愛しなさい。


という意味です。



決して自己犠牲のもと
隣人を愛するんじゃなくて、
自分も愛して、隣人も愛する。



じゃあ、なにが大事なのって言ったら
結局自分を愛せなかったら
他人も愛せないわけです。



だから自分を愛する状態になる。

自分を愛するという本当の意味を知る、ってこと。




いわゆる、「自己愛」です。






■視覚、聴覚を失っても言葉を覚え
社会福祉に従事したヘレンケラーは、


”愛の反対は

憎しみではなく

無関心である”



と言っています。




これは自分との話と同じ。

自分を愛せない状態の人は
自分の心の声に無関心です。



 自分のしたいこと
 自分が思っていること
 自分が進みたい道
 

その心の声に無関心である状態は
自分を愛せていないんですね。





「愛」の源泉




■愛ってどこから来るの?





もし小学生にこんなことを
聞かれたらどうでしょうか?

(まあ、そんなこと一度も
聞かれたことないけど笑)




上で書いたことをまとめるなら
やっぱり、


自分の内側


でしょう。





自分を愛することで
他人を愛することができる。





ナイチンゲールの話と絡めるなら

自分を許せれる人は
他人も許せることができる。






コップの話と絡めるなら

自分が愛でいっぱいだったら
他人も愛でいっぱいな人になるんです。





自分を無条件の愛で接してあげることが
他人を無条件の愛で包み込むことに繋がる。





■僕がメルマガを配信し始めてから
最後にこんな言葉を添えています。



”今日もエネルギー高く、あなたの愛が
周りを癒す源泉となりますように。”



自分の溢れるばかりの愛で
周りを幸せにしてあげてください。



まだ、それは無理だというのなら
ちょっとでも愛ある人と接してみてください。




自分が成長し、幸せになることは
あなたの周りの人も成長し
幸せになるってことです。




ちょっとずつ、ちょっとずつ
自分を愛し、他人を愛し
愛の波を広げていく。



そんなことを大事にしてほしい
という思いからこのフレーズを
最後に添えています。



◇5 愛⇔才能の交換法則

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僕は愛と才能について
ある人から大事なことを
教わりました。





”才能を開花させるには

愛が必要であり、

才能とはその愛を届けること。”








人は遺伝子レベルで
二つのことを求めています。



 成長すること
 人の役に立つこと





なぜなら成長しないと
生物として生き残れないし、


助け合いをしないと
一人では生きていけないからです。





先ほどの話に戻りますが、
「誰かのために役に立ちたい!」
という愛ある行動が大事なんです。



それは遺伝子レベルでの自分と
一致した行動だから。




そうやって誰かのために、

 役に立てないかな
 何かできることはないかな
 自分が手伝えることはないかな
 自分が相手に与えられることはないかな


愛を持って行動をすることで
自分の才能一つ一つの芽が開いていきます。





だから、

才能を開花させるには
愛が必要
なんです。





そこから自分の才能を使って
いろんな人に愛を届けていきます。




愛を届けるということは、
相手を豊かにする
っていうことです。







”才能を開花させるには

愛が必要であり、

才能とはその愛を届けること。”





これを胸に才能を開花させ
愛を届けていきましょう。


___________________



これで以上です。

相当なボリュームになって読むのが
大変かもしれませんが、
1つの言葉を掘り下げるとはこういうものです。



少しでも気づきや学びがあれば幸いです。





今日もエネルギー高く、あなたの愛が
周りを癒す源泉となりますように。






久次米智

2 件のコメント

  • ”愛”というものに焦点を置いてみると、集団主義者と言われる大半の日本人は自分を犠牲にする上に表面的な他人への愛(というよりただの気配り)しか持てない寂しい人のように思えてしまいます。

    話が変わりますが、自分のことしか考えられない人のことを”自己中”と人は呼びますが、それは自己愛を通り越し過ぎている状態なのでしょうか。

    • コメントありがとうございます。

      ここは誤解する人が多いので明確に分けないといけないのですが、自己中と自己愛とは全く別の概念です。

      自己中とは、自分のことしか考えられない人のこと。
      自分のことしか考えられないのはなぜか、というと、自分に自信がなかったり、自分に余裕がないから他者に対しても気遣いができないんですね。

      自己愛とは、自分を愛することです。
      自分のことを認めてあげる、信じてあげる、存在として愛することができたなら、自分に余裕がなくなるなんてありません。自分を愛せば、その愛は内側から出てきて、その愛が漏れて出して相手にも愛を与えてくれます。


      なので自己中と自己愛とは全く別のものだと考えてください。

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