久次米智STORY ③中学の監督と高校の地獄



〜目次〜

はじめに

幼少期〜親からの暴力〜

恐怖となった少年野球

中学の監督と高校の地獄⇦Now !!

土下座しました〜屈辱の果てに〜

教えるってなんなんだ??

指導者の大切さ〜人の芽を潰さないために〜




学になっても野球は結局続けることになりました。


中学はさらに練習は過酷なものでした。
しかし、監督が手を出す、といったことは一切なく
監督自身も練習に参加して、背中で示す、そんな監督でありました。



また僕が右打ちから左打ちに変えるきっかけになったのも
この監督のおかげでした。


また、それからしばらく成績がのびなかった中でも
練習につきそってくださり、僕自身が大きくかわっていきました。





そんな中学の監督との出会いのなかで

もっと野球をしたい!


そうおもって高校も野球部に入りました。


不安や期待もありましたが、ただもっと野球がしてみたい、
そうおもって入った高校野球部

しかし、そこは少年野球の頃をも凌ぐ
恐怖の世界でした。






毎日練習後に先輩たちとのミーティングがあります。
ミーティングとは名だけで実際には先輩からの一方的な抑圧。


朝から晩までのことを事細かにチェックしてあり
すこしでも失敗があればそのノートに書かれます。


「ダッシュが甘かった」
「言葉遣いが間違っていた」
「声がほかの奴らより小さかった」
「話を聞くときに足をぴったりと揃えていなかった」



そういった細かいところまでチェックされます。


そして毎晩一人一人怒られます。


先輩はシナイを持っています
コテをつけているひともいました。
殴る先輩もいました。




そして帰る頃には10時を過ぎており
帰って泣いて、後悔して

そして鬱になりながらまた朝からグラウンドに向かう、、、





そんな毎日です。


みんなをみればわかります。
恐怖で体をまともに動かせられていない。

中にはダッシュをしている様に見せるために
無茶苦茶なフォームで走っている友人もいました。



でもそんなのは野球にマイナスにしかならないわけです。
たとえ先輩たちに怒られなくなったとしても。


逆に爽快にきれいなフォームで走っている人は
先輩の標的になります。


ポンポンといい状態で走っているのですが
無茶苦茶なフォームでがむしゃらに走っている人と比べると
「抜いている」ように見えるんです。

本当はそうでないとしても。





先輩のために野球をやっているのか
自分のために野球をやっているのか
またまたわからなくなってしまいました。





おそらく監督やコーチの人はその存在を知らなかったんでしょうね。


見て見ぬふりをしていたのかもしれませんが、、、









そうして監督が変わりました。
僕たちが二年生のときでした。



続きはこちら⇨久次米智STORY ④土下座しました

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