久次米智STORY ①幼少期〜親からの暴力〜



〜目次〜

はじめに

幼少期〜親からの暴力〜⇦Now !!

恐怖となった少年野球

中学の監督と高校の地獄

土下座しました〜屈辱の果てに〜

教えるってなんなんだ??

指導者の大切さ〜人の芽を潰さないために〜





はようございます

久次米 智です



今回は1幕ということで


幼少期、それから幼稚園、小学校にいっていたくらいの
頃をお話ししていきます。


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僕は奈良県奈良市で生まれ、父母ともに恵まれた環境で育ちました
祖父母も近くに住んでおり、会いに行こうと思えば会いに行ける
そんなぐらい近いところに住んでいました



が、あまり裕福ではなかったようで
両親は共働き、、、


少なくとも僕のイメージではそうでした。

朝から父がいなくなり
そして、その後を追うように母が出て行く、、、


普段はほとんど両親がいない状況でした
家にいるのは僕と二つ下の弟の二人。



いまでも覚えています
母を泣き叫びながら呼んでいたことを。


泣き叫んでもいっこうに帰ってこない
そんな日が何日も続きました。





そんな中、ある事件がおこります。


当時僕は3歳くらいだったでしょうか、
弟は赤ちゃんも同然です。



声がするなと思うと
そこには父と母が大げんかしていました。



後から聞いた話なのですが
母は僕たちの子育てをせず、パチンコに毎日行っていたそうです。


ただ、それは本当かどうかはわかりません。
別れの悲しさを少なくするために
母を悪役にしたてただけなのかもしれません。



ただ、母が突然家から追い出され走って逃げていくシーンは
いまでも鮮明に覚えています。



それからというもの
僕たち兄弟は祖父母と父に育てられました。



祖父はかなり厳しい人で
容赦ありません。


何度たたかれ、なんど蹴られたことか、、
階段から蹴落とされたこともありました。



もっとひどいのは父です。
祖父よりも力があり、
こんな祖父に育てられた父ですから
同じように教育します



たとえ向こうの勘違いであったとしても
それをどれだけ叫んだとしても
言い訳だと言われ、殴られっぱなし。


ひどい時には
頭を足で思いっきり踏まれもしました

何度も蹴られました

何度も罵声を浴びせられました




一度叫んだことがあります

「暴力ですんのはおかしいやろっ」




その時の父のいい返しはこうでした

「口で言い返してもあかんねやったら力でいうこと聞かすしかないやろ」







その答えを聞いた時から
ある考えが頭の中をぐるぐると回っていました


「暴力で人を従わせるのは本当に正しいのか」

「じゃあ戦争っていいことなんじゃないの」





次の話はこちら⇨久次米智STORY ②恐怖となった少年野球



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